プラットホーム


 プラットホームに男がいた。男は黒のコートで身を包み、野暮なGパンを穿いている。コートの胸ポケットから白いイヤホンのコードが耳に向かってのびている。年齢はおよそ大学生あたりに見える。
 男は音楽を踵で感じながら、空虚な眼差しで反対側のホームに設置されたベンチを見つめていた。

 一曲終わった。急行の電車が男の目の前を通り過ぎて行った。
 もう一曲終わった。男の目の前に部活帰りの高校生が通った。
 さらに一曲終わる頃、男はコートの右側の裾が引っ張られるような、あるいは何かが纏わりついたような感覚を感じ取った。
 案の定、男のコートの右側の裾には一匹の青々としたカマキリがいた。男はカマキリに睨まれているのか好奇の眼差しで見詰められているのか区別をつけることができなかった。それが気に入ったのか、男はカマキリに一つの愛着を持った。
 男は暫くカマキリを観察した。

 あれから三曲終わり、男は時計を見た。そろそろ電車が来る頃なのだろう、男はカマキリを引っ掴み、近くにあった鉄柱にそれを任せた。
 しかし、カマキリは男の指先から逃れようと暴れた。そのせいでカマキリは地面に落下した。男は地面に落ちたカマキリを見詰めた。さあ、ここはお前がいるべきところじゃない、ここから立ち去れ。そう、男は心の中で願った。
 願うのと同時に、電車の警笛がホームにこだました。男は後ろ髪を引かれる思いで白線の傍まで歩いた。男は何度も振り返り、カマキリが無事であることを願った。
 風とともに電車が来た。電車は停車すると何人かの人を吐き出しす。男はもう一度振り返る。男の心の中に警笛が鳴った。
 男は急いで電車に乗り、カマキリを見送ろうとした。カマキリはまだそこにいた。
 しかし、電車のドアが閉まると、なんとカマキリに向かって茶色いコートを着た老人が歩いてくるではないか。男は祈った。しかし、慈悲深き老人はカマキリを見遣ると、靴の裏で満遍なくカマキリを踏みつけた。老人はそのままホームに設置されているエレベータに駆け込み、姿を消してしまった。
 ホームには死んだカマキリだけが残った。カマキリは男に助けを乞うように、あるいは我の誇りを最後まで誇示するかのように、鎌を高く掲げて動かなくなった。
 電車が動くと、死んだカマキリは風景で流された。
 男の目は以前に増して空虚な眼差しをしていた。




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